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有峰村民の皆様と、双方向で交流するメールマガジン

有峰森林文化村新聞 2017年4月7日 第382号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/青山和浩
(発行日現在の有峰村民人口:854人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ねじばな便り
  〜世界に類を見ない山岳リゾートエリア~            中川 正次
  〜ウレ往来~                        八十島 大輔
◆編集局からのお知らせ                 
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◆ねじばな便り
  〜世界に類を見ない山岳リゾートエリア~            中川 正次
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 「しなやかな日本列島のつくりかた」という藻谷浩介さんの対談集がある。
藻谷浩介さんは、1964年生まれ。「里山資本主義」などの著書がある。新幹線の駅に
ついてと新湊内川についての講演を聞いたことがある。ステージを右に行ったり左に
行ったりしながら、力強い講演をなさる人である。その対談集の中に山田桂一郎さん
との対談が含まれている。山田桂一郎さんは、1965生まれ。内閣府、国土交通省、農
林水産省認定の観光カリスマである。

その対談の中に、入込数(いりこみすう)を気にしてはだめだということが語られて
いる。有峰なら有峰に何人の人が来たかという数字を入込数という。有峰に入ろうと
思えば、亀谷・水須・東谷の連絡所から入るわけであるから、しっかりわかるのは、
その日に有峰に入った車の台数だけであって、それ以外のことはわからない。一台の
車に一人乗っているか四人乗っているかで入込数は変わる。バスで20人どんと入るこ
ともある。ビジターセンターの入込というものもある。ビジターセンターの扉をあけ
て入ってきた人の人数である。案内を聞きに来た人もいれば、トイレ利用もある。観
光に関する統計では、この入込を大事にする。

考えてみれば、日本において、観光における俗化は、入込を第一の指標としてきたこ
とにあるのではないか。スイスでは、入込なぞ全く気にしていなくて、宿泊数のみを
気にしている。

日本の軍隊の悪弊の一つに、員数主義があった。とりあえず数がそろっていればよい
という考え方である。戦車の装甲の厚さが違えば、同じ一台の戦車でも、戦力は全く
異なる。ところが、同じ一台だから同等という計算をしていたのである。役人は、と
りあえずソロバンできる指標を用いて統計をとりたがり、自らの組織は大丈夫と安心
したがるのである。

山田さんは、宿泊数のみを気にせよと言っておられる。実際、観光庁のホームページ
を見ると、宿泊者数の統計が中心で、入込は過去の指標という扱いである。まともに
なってきたのである。

有峰で言えば、有峰ハウスとキャンプ場の宿泊者数こそが重要である。これらの数字
は、リピーターの増加なしに安定成長はありえない。清潔な施設、細やかなサービス
と並んで、他のお客さんとの語らいもリピーターとなっていただけるかどうかに影響
すると考えて私はやってきた。

さて、山田桂一郎さんに関係する記事として、2017年2月3日の北日本新聞に、「アル
ペンルート夜間運行へ 立山黒部貫光」という記事がある。

立山黒部貫光(富山市桜町、佐伯博社長)は今後5年間で、夜間運行をはじめとする
立山黒部アルペンルートの営業時間延長や期間拡大に取り組む。新たに策定した同ル
ートの中長期ビジョン(事業戦略)に中期目標として盛り込んだ。長期的には、現在
は休業期間としている冬季の営業や室堂ターミナル周辺での新たな観光施設建設など
を検討し実現を目指す。利便性や魅力を高め、ルート一帯を世界有数の山岳リゾート
地に育てる。

ビジョンは2041年のルート全線開通70周年へ向けて策定した。21年までの5
年間の中期と、41年まで25年間の長期の目標をそれぞれ設定。目指す将来像を
「世界に類を見ない山岳リゾートエリア」と定めた。

営業期間の拡大は既に、今シーズンの全線開通日を例年より1日前倒しして4月15
日に決めた。営業時間の延長については、5年後までに立山ケーブルカーや立山高原
バスなどを夜間運行する方針で、同社は「北アルプスの星空を日帰りで気軽に楽しん
でもらえるようにしたい」(経営企画室)としている。実現に向けて、安全面や労務
面などの課題の洗い出しや解消に取り組む。

長期目標に掲げた冬季営業についてはより課題が多いものの、行政など関係機関とも
連携、協議しながら実現を模索する。現在は4月中旬から11月末までとなっている
営業期間の通年化を目指す。

このほか、ルート内の乗り物の待ち時間短縮や予約システムの改善、案内係の増員、
国際ガイドの育成なども今後5年間で実施する。長期目標としては、観光客が集まる
室堂ターミナル周辺に観光関連施設を新設。悪天候でも観光客がある程度満足できる
ようにしてリピーター増につなげる。

こうした中長期の取り組みを通じて、同社は大自然と黒部ダムなど人間の営みが共存
しているルートの魅力を広く伝えていく方針。併せて立山信仰の歴史や文化も国内外
に発信したいとしている。

ビジョンは山岳観光の専門家として知られる山田桂一郎氏(JTIC SWISS代
表)を座長に、同社幹部のほか県と立山町など自治体関係者や観光業者らで構成する
社内委員会で昨夏から検討を重ねてまとめた。(新聞記事ここまで)

私は、雪の大谷でバスが映ったポスターを見るたび、こんなのはよろしくないと思う。
私は、環境原理主義者である。地球温暖化が心配される中にあって、石油を燃やして
重機で除雪しアスファルト面を露出させるのが耐えられない。私の心配は、地球環境
保全上、取るに足らないことなのか。そこまでして、観光開発しなければならないも
のなのか。ばちが当たるような気がしてならないのだ。営業期間の通年化など、私に
はとんでもないことに映る。植生や動植物への影響などが心配される。フロンガスは、
当初、優れた物質だともてはやされていた。しかし、オゾン層破壊の原因とされて大
変なことになった。このように、自然に対しては、保守的であるべきだと思う。触ら
ぬ神に祟りなしという考え方を、非科学的だとは思わない。公害のほとんどは、その
当時、無害と科学的に考えられていたことから起こっているのである。

「しなやかな日本列島のつくりかた」には、「誰もが自慢し、誰もが誇れる町を目指
す」という北海道弟子屈町(てしかがまち)の話が出てくる。それを立山黒部に置き
換えれば、「県民誰もが自慢し、誰もが誇れる立山連峰」ということになる。その自
慢や誇りは、「俗化させず大衆の山とする」という昭和30年代の願いに対する挑戦の
先に生まれるものであって、それをすっとばして、「世界に類を見ない山岳リゾート
エリア」はあり得ないと、私は考える。事務に携わる方々には、山田さんに、こうし
た伝統があったことをきっちり伝えていただきたいと願うばかりである。山田さんと
て、なるほどと膝を打たれるのではあるまいか。

なんとなく「有峰を俗化させてはならない」と思っていた私である。その認識は、県
庁に広く存在していた。そんな私が、「立山連峰全体として、俗化させずに大衆の山
とする」という認識が、昭和30年代、富山県民に共有されていたことに気づくことが
できたのは、ひとえに、山森直清さんのおかげである。

亡くなる3年ほど前だったと思うが、富山市中心部で開かれたとあるセミナーで、こ
んなことを言われた。「自衛隊ができたときに、兵学校を出ているからだろう、お前
も来ないかと誘われた。自衛隊に行っていたら、それなりの出世もしていたかもしれ
ない。けれど、私は、山や森を守るという名前なので、北陸電力で、敬愛してやまな
い山田昌作さんの下で仕事をしてきた。その選択は、正しかったと思っている」

サイレントネイビーと言われるとおり、戦艦大和の話は、必要最小限しか話されなか
った。セミナーのあと、小宴会があった。少しく時間がたったところで、「私はここ
で失礼します」と言われた。「亀谷(かめがい)のお家まで、お送りしましょう」と
主催者が言われたが、固辞された。富山地鉄で有峰口(小見)まで電車に乗られ、隣
の集落である亀谷のお家まで戻られたのだろう。痩せた体で、背筋をぴんと張った、
戦艦大和生き残りの、海軍兵学校出身のネイビーが、星空の下、あのつづら折りの坂
を飄々と登って行かれたのだろう。


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◆ねじばな便り
  〜ウレ往来~                        八十島 大輔
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 先日、3月18日(土)にウレ往来を辿ってみようと遊びに行ってきました。本当
は春分の日も含めた三連休で、有峰まで往復する予定だったのですが、色々あって途
中で帰ってきてしまいました。が、何かウレ往来の道型のようなものを見つけたので
ご報告いたします。
 ウレ往来とは、今は小口川線の入口となっている水須から有峰までを結んでいた道
で、富山県側から旧有峰集落へ向かう唯一といっていいほどの道だったそうです(亀
谷新道、現在の小見線付近の道は開通しても飛越地震で直ぐ崩落、立山温泉経由の道
もあるにはありましたが遠回り)。その道は、旧水須(現在の地形図だと水須と小原
の間くらいに旧水須集落があったそう)から高杉山、熊尾山、東笠山、現在の祐延湖、
そして冷タ谷遊歩道の南口出口付近に向かって下りてきて、有峰集落(現宝来島の北
東、現冷タ谷キャンプ場東側の湖底)へと達する道だったそうで、基本的には尾根の
上についているような道だったようです。ビジターセンターや記念館に有峰周辺の旧
街道を示した地図がありますよね。
 今回は、1枚目の画像のようなルートを通って途中まで散策してきました。本来の
道は、途中で山腹を横切ったりするなどして、上手く地形を選んだ道だと思うのです
が、冬場は2-3mの雪の下で迷子になると大変なので、尾根上を歩いていきました。
途中で、2枚目の写真のような、不自然な段差がいくつも現れ、それがしばらく続い
ていました。沢などでもこのように凹んだ地形が現れる事がありますが、この段差は
明らかに水の流れなさそうな場所にあったり、ジグザグと斜面上を登っているような
形に見え、明らかに人為的な雰囲気を感じるので、おそらくこれがウレ往来の道なの
かなと想像しながら歩いていました。段々畑の跡と言うことも考えられますが、この
あたりに集落はなかったはずです。また、林業の作業道という説もこんな山奥までは
道をつけていないと思われるのでウレ往来の跡でしょう。有峰森林文化村新聞第369号
で写真を投稿させてもらいましたが、冷タ谷遊歩道から祐延へ向かう道も凹んでいる
道で、この写真から雪を取り除けば同じような形になるのではないでしょうか。
 3枚目の写真はちょうど引き返したあたりからこれから進むはずだった方向を撮っ
た写真ですが、ここからさらに熊尾山を越えて祐延方面へ道は続いているはずです。
昔の有峰の人も冬にこの道を歩くなんてことはしていなかったと思いますが、なんと
なくの雰囲気が分かった良い機会でした。大体の地形の目星は付いたので、また夏場
にでもウレ往来を歩きに行ってみたいものです。
 
  
行程(祐延まで半分は進めたか?)    ウレ往来の道型?と思った場所の一つ。


真ん中真っ白く見える山が薬師岳。その手前のちょっと白いのが熊尾山。その間に
有峰湖や祐延湖があります。

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◆編集局からのお知らせ                    有峰森林文化村
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◇次号の有峰森林文化村新聞は、4月28日に発行予定です。

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◇文化サークル活動所/有峰デジタル画廊にどしどし投稿お待ちしています。
 (デジタル写真でも絵画(写真に撮って)投稿してください。)
  有峰森林文化村新聞は村民の交流の場として利用してください。
◇有峰森林文化村では皆様からいただいた情報やご意見、感想を掲載いたしますので、
 どしどし投稿をお待ちしております。
◇あて先   E-メール:info@arimine.net
                         有峰森林文化村助役(編集長)

松川べりは、桜が咲き始めてますが、有峰は、まだまだ雪の中です。岡本工業の松本さんか
ら提供いただいた写真(3/25撮影)です。
   
          有峰ダム             有峰ハウス(左)、 ビジターセンター(右)
   
         有峰記念館                 有峰庁舎(1階は埋雪)