******************************************************************
ありみネット http://www.arimine.net/

有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2011年3月25日 第229号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/羽座千敏
(発行日現在の有峰村民人口:726人)
******************************************************************
━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆有峰村民によるリレーエッセイ第14回 鈴木晴子
 〜森の実のりと出会う〜
◆オレゴン有峰往復書簡第107回目 有峰からオレゴンへ    中川正次
 〜山に登って降りてくる時間を競うような経済からの脱却〜  
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
─────────────────────────────────
◆有峰村民によるリレーエッセイ第14回 鈴木晴子
 〜森の実のりと出会う〜
─────────────────────────────────

里山で子供を遊ばせ、焚き火でご飯を作る集まりに出ています。
参加しているのは、自然にそった暮らしに興味のある、いきいきとした母
ちゃん達です。
家族でも、時にキャンプへ出かけます。週末は森でぶらぶらすることもあ
ります。

そう話すと「アウトドア派なんですね!」という反応をされるのですが、
私は大人になるまで…いや、結婚するまではこんな行動が普段の生活に取
り入れられるとは考えてもいませんでした。

関東の街におり、自然なものへの憧れがほんのりとはあったので、川沿い
を歩いては木々や草花のスケッチをしてはいましたが、「これは誰かの持
っている敷地内のものなんだな」という閉じた境界線をいつも感じていま
した。
どう行動すればそういったもの、根っこから生きているものとの繋がりを
持てるのかなど、想像が広がることもなく、ただ目の前の街に包まれて過
ごしていました。

そんな私がややあって結婚し、富山県へやってきたわけですが、夫が初め
て私を里山へ連れて行った時のことを覚えています。
雪こそ積もっていない山でしたが、木々は枯れて黒く尖ったシルエットを
現し、湿ってシンとしている、生き物の気配がない冬の姿でした。

…。何しに来たんだろう?

不服げな私に、夫はがっかり気味に「全然楽しくなさそうだ」。
今思い出してもさもありなんと言う気もしますが、そんな枯れ山を歩いて、
カサカサと隠れる工芸品のようなカナヘビを見たこと、雪を知らせるユキ
ムシがフワフワと飛んでいるよ、と教えてもらったことを新鮮に覚えてい
ます。
気配がないようでいて、山には生き物たちが忍んでいて、知られようと知
られまいと、流れに従って生きているのだと…敬意を感じました。


そんなことから始まって、森へ食いついていった肝心は、やはり食いしん
坊な私、胃袋が関係しています。
森や山では、自然の実りをいたただける、と知ってしまったのですね。
春はフキノトウや山菜が芽吹き、よもぎが若々しく葉を伸ばしはじめる。
フキ味噌をいただいた後は、少し伸びたフキの茎をきんぴらに。よもぎで
お餅を。
初夏は木苺やクワの実を、生食やジャムにして。
やがて紅くなってきたハマナスの実をいただきに、海へも。
秋にはむかごを摘んで、炊き込みご飯に。
キノコを見分けたり、七草を見つけるレベルには至っておりませんが、自
分の足で季節の恵みを発見し味わえるのは、楽しいものですね。

おかげで息子も、渋いグミの実を生でパクパク食べ、とれない高さのやま
ぼうしの実を見つけると、憧れの眼差しで見上げています。

食べることは、ダイレクトに大地との繋がりを感じさせてくれますね。森
で出会える草や実の味わいは、不思議な思慮深さがあるようで、何故なの
でしょう。

しかし富山県に住んでいても、パッケージされたような区切られた遊具の
ある場を遊び場とされ、あまり自然と接する機会のない子供たちは増えて
いるのではないでしょうか。

こんなに身近に当たり前に自然が溢れているのに、住宅地の川や田んぼに
無造作にゴミが投げ捨てられているのを目にすることは多々あり、なんて
宝の持ち腐れなんだろう…という思いにさせられます。

大人も、子供も、もっと泥や土に触れてみたら。
それはおいしい実りも産むし、自分と直接繋がるものなのだと、思い出せ
たらいいですね。

─────────────────────────────────
◆オレゴン有峰往復書簡第107回目 有峰からオレゴンへ    中川正次
 〜山に登って降りてくる時間を競うような経済からの脱却〜  
─────────────────────────────────

東日本大震災の被害の大きさには驚くばかりである。気の毒の限りである。

被災者の人たちがガソリンや灯油の不足を訴えておられることや、原子力
発電のトラブルを見て、つくづく石油に頼った文明なのだなあと思う。今
回の原子力発電所の事故で壊れた施設の処理と退避を余儀なくされた地域
への補償はどれくらいのお金がいるのだろう。東京電力の株価が下がった
のは、それを見越してのことだろう。新聞によると、東京電力だけでは足
りないので国も見るようである。しかし、負担のルールは未定である。

電力の需給の逼迫から、計画停電が始まった。療養している人や、工場や
商売している人は、堪らないだろう。電車も間引きされているので、通勤
が大変だろう。

計画停電しかないのか私にはよくわからないが、絶対にこれは言えると思
うのは、リニア新幹線は建設を凍結したほうがいいということである。

JR東海は、東海道新幹線でもうかっているので、その利益をリニア新幹線
の投資に回すらしい。電気の消費が増える。そんな投資はやめて、税金を
どんと納めてもらって、復興に回してもらいたいと思う。政府はそんなこ
とを民間会社たるJR東海に言えないのであろうか。

この手の、速くどこかへ行こう型の社会志向は、やめたほうがいいのでは
ないか。山の稜線しか見えないような、高速道路や新幹線による旅行はつ
まらない。目的地までに着く時間・分を競うのは、山に登って降りてくる
時間を競うようなものだ。幼稚であるだけでなく危険だ。電力が逼迫して
いる中で、リニア新幹線を推進することには公共性があるのか。

ここ数年、電車の中で本を読む人が減った。携帯電話でメールを打ったり
テレビを見たり、ゲームをしている人が増えている。国民全体の読書量は
相当減っていると思われる。テレビのクイズ番組では、難しい漢字の読み
方を知っているかを問うような問題が出されることはあっても、満州事変
はいつだったかという問題を見たことがない。

経済の姿を地震前の姿に戻すのではなく、もっと落ち着いてじっくり考え
る社会に戻す復興が望まれる。あるいは、「元気な社会」とはどんな社会
なのか考えなおさなければならないのではないか。大切な石油を、ちびり
ちびりと使う社会にならないとだめなのではないか。それらを怠ると、本
当に、「終わりの始まり」になってしまうのではないか。

─────────────────────────────────
─────────────────────────────────
・ホームページ”ありみネット/文化サークル活動所/有峰デジタル画廊"
にどしどし 投稿をお願いします。(デジタル写真でも絵画(写真に撮っ
て)投稿ください。)
有峰森林文化村新聞は村民の交流の場として利用してください。
皆様からいただいた情報やご意見、感想を掲載しますので、どしどし投
稿ください。お待ちしております。
あて先は
info@arimine.net