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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2010年10月30日 第219号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/羽座千敏
(発行日現在の有峰村民人口:708人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆オレゴン有峰往復書簡第97回目 オレゴンから有峰へ 小杉礼一郎
   〜天の夕顔」雑感 2〜
◆有峰村民によるリレーエッセイ第4回
 〜子どもへのまなざし〜           西井満理
◆私にとっての有峰  源田義一
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◆オレゴン有峰往復書簡第97回目 オレゴンから有峰へ 小杉礼一郎
   〜天の夕顔」雑感 2〜
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「わたくし(=主人公)は二年間テント生活をすると、三十五歳の十一月、
いよいよ山にはいる決心をしたのです。・・・(中略)・・・
高山線を古川でおりると、・・・越中の有峰をめざしてゆきました。

それはかつてアルプスに登った時、そこが一等山深いところだと聞いてい
たからで、わたくしはこの世から最も遠いところに匿れたいと思っていた
のです。」これまでの世界的文学作品の中に有峰の名が登場するおそらく
唯一の小説「天の夕顔」(中河与一)。村民でも読まれた方は多いと思い
ます。

これは有峰の地名が初めて語られるくだりです。
「なぜ有峰か」が簡潔に述べられています。 が、そのあと主人公は猟師
頭に越冬の考えを批判され「・・・わたくしは何か、この村に落ち着かぬもの
を感じだし」結局一山越え、飛騨の山之村で山籠りに入ります。

この掌編は実在の男性の人生経験をもとにしたので、実際そうだったので
しょう。
当たり前だと思います。ふつうの人には、酔狂と映る主人公の考えには批
判的にもなり、皮肉も出るでしょう。それが世間の対応だと思います。何
気ないパラグラフですがこの部分がこの小説に重要なリアリティを醸して
おり、作者の創作ではないと思います。 

そのことや、作者が現地を訪れていないことをもって中川さんは「あの小
説は有峰のことをあまりよく書いてない」とネガティブな口ぶりで私に言
ったことがありました。 

世界中の読者のほとんどがそうでしょうが何も知らない人にとってはそう
いうあまりよくない印象でしょう。 でも、それは有峰に限らず作品当時
の越中人、そして今の富山県人の第一印象の悪さ、初対面の人とのコミュ
ニケーションの取り方の目もあてられない稚拙さ。とっつきにくさは私も
よく判る。

やはり初対面の他県人(あえて「余所者」と言います)の人にあまり好感
を持たれないことは事実です。深く知れば根はいい人だと判る。私だから
わかるが かなりの余所者には初めの接触で距離をおかれてしまう。 
半ば滑稽、半ば悲しいことに、そのことに気づかない人(富山県人)も多
い。 

私には傍で見ていてその気持ちの動きがよくわかります。
しかしそれを気に病む必要はなく、そのことを知っていればそれでいいの
です。

日本の他の地方でも余所者に対しもっと深くねじけた接しかたをする人た
ちはたくさんいますし、世界中のことは判りませんが排他的でない人を探
すほうがむつかしいくらいです。アメリカの中西部、南部の田舎でもそう
です。

中央アジアでも深く民族主義にまで根っこがつながっている人達を私は大
勢見てきました。
大体戦乱の渦が通り過ぎた歴史のある地方は皆そうです。その意味では富
山はまだうんとうぶな方だと思います。 また脱線しました。

なぜ有峰なのか、もうすこし掘り下げて考えてみます。
世界的に見ればどのみち有峰の存在を知っている読者のほうが稀です。

だからこれは単なる記号と思っていいのです。つまり、「奥峰」「山中」
「高谷部落」「熊谷」でもArinimeでも Arinemiでも何だって良いわけで。

それは、地の果て、秘郷 僻遠の地 人から離れた場所、より天に近い所・・
・の代用詞なのです。 そして文学作品としてのその試みは成功していま
す。

では、舞台としては青森の八甲田、北海道の日高山中 北満州の興安嶺で
もよかった・・・ だろうか? 
しかしこの悲恋の物語を展開していく為の純粋な芸術上の書割にはどうし
てもリアリティの裏づけが必要だった。 ことに薬師岳が作品中最も重要
な意味をもっています。

薬師はこの小編中最も天に近い存在で、「わたし」が解脱する舞台となり
ます。そこは人間界を離れ自然界に棲み、それでも煩悶する心を抱えて登
った天界との接点です。 

その山頂で主人公の魂は悲劇の前に人生の深遠を悟り救われています。本
作品のクライマックスです。
それ以降の記述は小説の展開上欠くべからざるものではありますがあくま
でエピローグです。

 まとめます。
「人間界のリアリティとしての有峰」
「自然界と天界の接点としての薬師岳」
どちらもこの名作には必要不可欠な要素でしょう。

「天の夕顔」は世界の芸術史上に残る作品です。
つまり作中の有峰の名は必ず残ります。将来、徳山村の名が残るか?八つ
場村の名が世界中で残るでしょうか? ほとんどありえないでしょう。 

この作品中でダムのこと、有峰が無くなることには一言も触れられていま
せん。改訂もされなかった。しかし村が湖底に沈んでしまったこととこの
作品が残ったことで有峰の存在が不朽のものになりました。 

今後二十何世紀になろうと、世界中どこであろうと必ず有峰をreferでき
るものがあるとは僥倖というものです。現在有峰に関係する私たちは人間
の歴史の偶然に謝すべきです。

昭和37年(1962年)65才の夏に中河与一氏ははじめて有峰を訪れ薬師岳に
登りました。そのときの体験談が「有峰の記憶」(桂書房 前田 英雄)
に寄せられています。
この体験の後、氏は本作品の執筆後四半世紀を経た時点でまさしくとって
つけた改訂をしました。

老作家が生涯をかけたその真摯な心を汲むべきと私は思います。私たちは
もう今はわだかまりをはなれる時と思いませんか?

(続く)

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◆有峰村民によるリレーエッセイ第4回
 〜子どもへのまなざし〜           西井満理
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知っていますか?
こどもは 焚き火が大好き。
水が好き。どろんこ遊びが好き…。

「普段なかなかできないので、自然に触れさせたい」
「楽しいイベントを 親子で体験したい」
「こども同士をいっぱいふれあわせてやりたい」…
わかります、お父さん、お母さん、先生方…。
でも、ちょっと待って。

この世界へやってきてまだ間もない、輝く命の塊りのこの子たちは、
大人がおもう「なにか」のためにいるのではないかもしれません。

なんのスケジュールも入っていないカレンダーを見て落胆したり、
慌ただしい日々の合い間に「なにかしなくちゃ」と焦ったりする必要はな
いのです。

日常の、いま、目の前を、楽しく生きる天才であるこどもたちを見てみて
ください。こどもは、大切なものを自ら探し、見つける力を持っていると
信じてみましょうよ!

それができる場所が、時間が、仲間が、
次第に私たちの周りに失われているのではないでしょうか。
そうして大人たちは、冒頭のような思いを抱いてしまうのかもしれません。

知っていますか?
こどもは 焚き火が大好き。
水が好き。どろんこ遊びが好き。
お日様と、木々の間を吹き抜ける風と、命あふれる大地の懐が大好き。

私と息子が参加した こどもが主役のキャンプには、
用意された「体験のための体験」はありませんでした。
あるのはただ、こどもたちがいっそう輝くこどもの時間…

ここへ来たら 遊んで、火を炊いて、食べて、また遊んで いっぱい眠っ
て…
山と水の懐に抱かれて、そうやってすごすこどもたちを傍で見守っていた
らいいのです。

ここにはきっと、輝くこどもたちの笑顔と出会える素敵な時間があなたを
待っています。

遠い有峰を思い出しながら、今日はこどもと靴をはいて、歩いてみません
か?
この空はあの空とつながっている。
この道はどこかの森へとつながっている。
わたしたちも とおい森の息吹と つながっている。


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◆私にとっての有峰  源田義一
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本来持つ自然の景観、動植物動態の急速な変化が進み、自然破壊が進
む、隣りの立山地帯に対比し、有峰は人間の入れ込みが難しく、よって
自然の動植物動態が自然に近く保たれている。
 
 この大切な状態を破壊することなく、保つ努力は有峰を愛する私たち
を含め、県民全体で共有しなければいけない。なるべく人的手を加えず、
主たる破壊者である人間をなるべく入れないつつも共生する困難な道を
選びつつ楽しむ方策を求め続けることが大切であると思う。

≪人間と自然のバランス≫
 自然を楽しむ愛する心、自然と共生しながら、破壊することなく、自
然を利用する心構えは、有峰に足を踏み入れる人々の最低限守るべき
規律のはずである。ところが、モータリゼーションの発達と道路事情
の向上で、自然を愛するマナーが欠如した心なき入山者などによって、
ジワジワと自然が破壊されつつある。今こそ、野放しすることなく何
らかの対策が必要である。

 有峰は交通上、多少に不便にしておくことが自然破壊防止に最も有効
な手段な気がする。利便性が上がることは人間にとって良いことであ
るのは間違いはないが、とりもなおさず比例して自然破壊が進むこと
に直結するのである。

 取り返しがつかない自然破壊を進めるよりも絶えず自然が優位な考え
方に重心を置いた自然解放に今後も徹底すべきと私は考える。

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