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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2010年3月20日 第203号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/荻沢明夫
(発行日現在の有峰村民人口:686人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆オレゴン有峰往復書簡第83回目 有峰からオレゴンへ 中川正次
   〜人間の不安は科学の発展から来る−漱石と有峰〜
◆私にとっての有峰  帳山 朋美
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◆オレゴン有峰往復書簡第83回目 有峰からオレゴンへ 中川正次
   〜人間の不安は科学の発展から来る−漱石と有峰〜
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セスナのアイデアについての感想は、日を改めて。

夏目漱石の本のうち、何度も読んだのは「坊っちゃん」だけです。あと、
高校の教科書にあった「こゝろ」、若い頃読んだ「吾輩は猫である」、20
年前くらいに読んだ「草枕」「門」、10年前くらいの「三四郎」しか読ん
でいません。「吾輩は猫である」以下は、読んでも、漱石のいいたいこと
がよくわかりませんでした。

今回、「中経の文庫」にある「漱石の名作がすごい!」を読みました。こ
れは、全国展開している予備校の先生、出口汪(でぐちひろし)の本(以
下、出口本)です。出口本は、出口汪と「あいか」という女子学生との"対
話"で漱石の文学が語られる本で、読みやすく実に面白い。この本に勇気づ
けられて、「道草」「行人」などを読もうと思っています。

本当は、漱石の作品を一通り読んでからでないと公開される文章にするの
はよくないのだろうけど、そんなことをしてると70歳になってしまうから、
見切り発車します。

「行人」の中で、何のために生きているのか、自分とは何なのか不安な
一郎が弟にこう話します。(出口本325ページ)

人間の不安は科学の発展から来る。進んで止(とど)まる事を知らない科
学は、かつて我々に止まる事を許してくれた事がない。徒歩から俥(くる
ま)、俥から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、そ
れから飛行機と、どこまで行っても休ませてくれない。どこまで伴(つ)
れて行かれるか分らない。実に恐ろしい。

大正元年から2年にかけての作品です。全然古くない。「坊っちゃん」は、
声を出して笑ってしまう、正義感あふれる作品です。一方、漱石は、日露
戦争が終わった3年後の明治41年に「しかしこれからは日本もだんだん発展
するでしょう」と弁護する三四郎(熊本の五高から東大に進学)に対して、
広田先生(一高教授あるいは二高教授)をして、「滅びるね」と言わせて
います。両方あってこその漱石だと思います。

出口本333ページでは、「行人」をめぐって、あいかと出口はこんな対話を
します。

あいか 確か学校で習ったことがあるけど、日本人のもともとの自然観は
    いかに自然と一体化するかにあったんじゃないの。そのために多
    くの人は隠遁生活をした。

出口  あいかちゃん、鋭いなあ。ようやくそのことに気がついたね。一
    見、一郎の思想は古来の日本人の抱いていた自然観と何ら変わる
    ことがない。たとえば、松尾芭蕉は自然と一体化した境地を
    「風流」と名づけ、それを芸術にまで高めていった。そのために
    は己を棄てなければならない。その手段として芭蕉が選んだのは、
    「旅」だったんだ。ところが、一郎のそれとは、根本が異なって
    いる。

あいか えっ、どこが違っているの?

出口  芭蕉の時代は藩とか家という集団と個の区別が希薄だったんだ。
    集団から個を引きはがしたのが自我の確立で、そういう意味では、
    芭蕉にはもともと自我という概念がない。

    自我は近代が生み出したものなんだ。自我がないから自然と一体
    化することができる。もちろん人間だから自分の欲望やさまざま
    な我執はあった。だけど、それを自我という概念で問いつめると
    いう習慣を持っていなかったんだ。一郎は芭蕉と全然違うだろう。

あいか あっ、わかった。一郎は誰よりもぎりぎりに自我を追い求めたん
    だ。だから、自我という概念をもともと持たない芭蕉とは、根本
    的に異なっている。

出口  よく気がついたね。そのとおりだ。

ここまで読んで、思い出すのは、二人の俳句です。
「行く春を近江の人と惜しみける」芭蕉。
「すみれほど小さき人に生まれたし」漱石。

芭蕉の旅、漱石のことから、「草枕」を思いだします。
山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流
される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は
住みにくい。
住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越し
ても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。

熊本の山路を登りながらのくだりは、有峰の遊歩道を歩くと、追体験でき
るような気がします。猪根山遊歩道のつづら折のところや、モール(枝で
できたトンネル)になっているところです。雨が降る中を、あるいは雨上
がりに歩くとなおさらです。

草枕では、山路で荷物を運ぶ馬が出てくることから、遊歩道とは違います。
今は通れなくなりましたが、岐阜県神岡の土から大多和峠までの9キロの道
が草枕の路に似ていると思います。しかし、気のあう人2、3人と、猪根山
遊歩道で、一休みして水筒のお茶を飲んでいると草枕の気分になってきます。
「智に働けば角が立つ・・・」なんて諳んじながら。

有峰と漱石は縁がないわけではありません。漱石は明治36年イギリス留学
から帰ると東大の英文学の講師になりました。結果、前任者ラフカディオ
・ハーンを追い出すことになりました。学生は、漱石の授業をボイコット
したりしたため、漱石の不機嫌の原因に(出口本441ページ)。

一方、有峰の文学を語る上で一番大切な人は、田部重治(富山市山室出身)
と私は考えています。岩波文庫に「山と渓谷」があります。兄に、南日
恒太郎・田部隆次がいます。3人とも東大で学んだ英文学者です。上の二人
はハーンに学んでいます。岩瀬の廻船問屋、馬場家の寄付で旧制富山高校
ができ、その目玉が、これまた馬場家の寄付と南日3兄弟の尽力でできた
ヘルン文庫(ハーンの蔵書)です。

「山と渓谷」には、田部重治の山歩きが上高地や秩父など10余り書かれ
ており、その先頭が「薬師岳と有峰」です。剣岳や立山ではありません。
有峰を歩いたのは明治42年5月、草枕の発表は39年。こんな状況で、有峰と
漱石に縁があるというのは言い過ぎでしょうか。

草枕の山路と「薬師岳と有峰」の雰囲気はよく似ています。そして、一郎
の科学の発展の不安、芭蕉の旅、漱石の親友子規。とりとめもない連想
ゲームのような話を、気のあう人と"対話"しながら、有峰の遊歩道を今年
も歩くつもりです。

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◆私にとっての有峰  帳山 朋美
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6年前の冬、友人に誘われて有峰で働くことを決めた。それは私にとって
一世一代の大勝負(!)であった。勤めていた会社を辞めるのは、かなり
勇気の要ることだった。

折しも有峰トランプの製作中で、編集会議に参加した。有峰の植物、動物、
歴史、風景を織り込んだトランプ。その1枚1枚に有峰が詰まっていて、
カードの枚数が足りないくらいだった。

久しぶりにわくわくした。カードの中の有峰をこの目で見たくなった。そ
して作られた方々の深い想いに感動した。同じ時間を共有できたことがと
ても幸せで、自分の決断は正しかったと確信した。それから2年の間、有
峰森林文化村で働かせていただいた。

有峰はとても「人くさい」。そこがとても好きだ。有峰村、電源開発、造
林といった先人達の足跡は、人と森との強くて深い絆のように思える。人
と森とが深く関わりあいながら育まれてきた有峰だから、こんなにも懐か
しいのかと思う。

愛着の森もそんな絆のひとつかもしれない。私は対話編でブナの実生たち
を「ぶなっこ」と名付けてみた。ぶなっこは足の踏み場もない位たくさん
いて、じゅうたんのように敷き詰められていた。

前年にブナの大豊作があったためだ。それから3年が経ち、生き残ってい
るぶなっこはほんの一握りになってしまった(生存率1.3%)。しかも3年
前とほとんどサイズが変わらないのだ。「遷移」というのはなんと大きな、
とてつもない言葉かと圧倒される。お母さんブナがとてつもなく大きかっ
た。

今年もぶなっこに会えるだろうか。私は会いたいと願っている。けれど、
有峰の中にあってはとてつもなく小さなことだ。有峰は何もかもを包み込
んでしまう。有峰はいつも変わらない。なのに、いつも新しい。今年もき
っと、ぶなっこに会いに行こう。

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**「私にとっての有峰」の編集にあたって

タイトルは「私にとっての有峰」です。
このタイトルの意味は、有峰という場所が有峰村民の方々に深く思いを興
す場所だと思われたからです。

自分と有峰との関わりをふりかえって見る「私にとっての有峰」を村民の
皆様とともに共有しましょう。

皆様がお持ちの「私にとっての有峰」を募集していますので、下記により
投稿をお願いします。
 
原稿は
インターネットの場合は、info@arimine.netへ
郵送の場合は、〒930-0096 富山市舟橋北町4−19富山県農林水産公社
有峰森林部へお送りください。

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皆様からいただいた情報やご意見、感想を掲載しますので、どしどし投稿
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