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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2010年2月20日 第201号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/荻沢明夫
(発行日現在の有峰村民人口:685人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆オレゴン有峰往復書簡第81回目 有峰からオレゴンへ 中川正次
   〜日本海学学生フィールド講座敗戦の弁〜
◆私にとっての有峰  麻畠 智美
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◆オレゴン有峰往復書簡第81回目 有峰からオレゴンへ 中川正次
   〜日本海学学生フィールド講座敗戦の弁〜
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20人の大学生を対象に、有峰で一泊二日、2週間後に、海で一泊二日という
行事をやってきました。日本海学学生フィールド講座という名前の、県の
行事です。2008年から始めました。学生が夏休みになっている8月に行いま
した。

有峰のほうは、猪根山遊歩道の散策、真川で川遊び、冷タ谷キャンプ場で
野外炊飯・宿泊、西谷往復という行程です。

海の方は、富山商船高等専門学校(昨年10月から、富山工業専門学校と合
併して、富山高等専門学校になりました)の練習船、若潮丸に乗ります。
若潮丸は231トン。富山新港を出て富山湾を北上し、操船体験したりプラン
クトン観察を行い、七尾湾で一泊し、エサなしでアジを釣り、富山新港に
戻ってきます。 2008年は、それだけでしたが、2009年は、磯観察とカッ
ター漕ぎを付け加えました。

磯観察は、雨晴海岸でしました。富山県で一番ポスターになるのは、雨晴
海岸から見た立山連峰です。
http://www.nt-seaside.net/view/contents/view_amaharasi.html

正面に見える島は、女岩(めいわ)といいます。その女岩の近くに義経岩
があります。写真の右ですね。もともとは、義経岩は島だったようですが、
今は陸地にひっついてしまいました。恥ずかしながら、ポスターでよく見
る島が義経岩だと私は思っていました。そんな誤解をしている人は多いと
思います。奥州に逃げていく義経弁慶の主従が雨宿りしたという伝説があ
ります。弁慶が岩を持ち上げたとか。

学生フィールド講座では、水泳のゴーグルをつけて、スーパーでイチゴを
売っているときのケースをもって義経岩周辺の磯で観察をしました。ヤド
カリがたくさんいました。海の中にはいろんな生き物が生きています。そ
の中で限られたものが、陸上に進出しました。クラゲは、海にいるままで
すね。山のてっぺんまでが木が生えライチョウやイワナが生息しているこ
とに、驚きます。沢にいるカニもよくぞそこまでと思ってしまいます。

とりわけ、私はリンの循環に驚きと感謝です。リンは、生き物がエネルギー
を得る上でも遺伝情報を受け渡ししていく上でも不可欠な元素で、重力に
したがって、高いところから低いところに移動する元素です。しかし、鳥
が海の魚を食べて糞を山の上でしたり、遡上したサケをクマが食べること
によって、重力に逆らってリンが海から陸地に運ばれています。こんなこ
とを体感するのが、学生フィールド講座の目的です。

カッター漕ぎは、富山新港の中でしました。教官と学生の指導で、声をそ
ろえて漕ぎました。日射しが強く、いっぺんに日焼けしてしまいました。
カッターの中では裸足。エンジンのない船を動かすのは楽しいことです。

お値段は、4日間で5,600円。日本海学学生フィールド講座の悩みは、学生
の募集です。2008年は、苦労をして20人の定員に達しました。
しかし、2009年は、県内大学の試験等を考慮に入れて日程を設定したにも
かかわらず、森の部で5人、海の部で9人にしかなりませんでした。

マスコミによる広報、大学でのポスター掲示、大学授業での宣伝、大学の
先生方への依頼はいうまでもありません。県の自然保護課からジュニア
ナチュラリストOBに、有峰森林文化村から高校生学びの森OBに、それ
ぞれダイレクトメールを出してもらいました。そして昨年の参加者に案内
状を出しました。

このように四方八方に手を尽くした結果が森5人、海9人でした。しかたが
ないので、一般に門戸を広げて、ようやく開催にこぎつけました。

原因としては、単位に結びつかない行事には大学生は乗ってこない。昨今
の就職難が影響している。野外で学ぶことに大学生が興味を持たない。と
いったことが考えられます。

社会の衰亡を感じます。富山駅北口のオーバードホール前からキャナル
パークホテル、北日本放送本社ビル、とやま自遊館までの200メートルほど
にかけて、幅20メートルほどの石畳の舗道があります。若者が、グループ
を作って、春から秋にかけて、夕方から夜、スケートボードで遊んでいま
す。煙草を吸いながら上半身裸で、ゴーと疾走し、鋼鉄製の平均台のよう
なものの上を走らせたり、50センチメートルほどのバーを飛び越えること
に興じています。

しかし、スケートボード禁止の標識がかかっているのです。だって、歩行
者が危ないのですから。目の不自由な人は恐怖を覚えるに違いありません。
スケートボード禁止の交通標識は法的には存在しないのですが、富山市・
富山警察署の名前で、スケートボード禁止の標識(禁煙マークのようなデ
ザイン)が10個ほど舗道の照明塔につけられています。北陸電力本社の向
かいの通りであり、富山市の一等地です。

多勢に無勢で、注意したら怖いので、私は警察に電話しました。しかし、
警察は聞き流し。警察がなめられている状態です。もし事故が起こったら、
放置していた富山市・富山警察署にいささかなりとも責任が生じるのでは
ないでしょうか。環水公園に至る観光スポットであり、観光に来た人がど
う思っているでしょう。

中西輝政がこんなことを書いています。15〜16世紀に繁栄を極めていたこ
ろの商人国家(ベネチア)の年老いた元国会議員が残した日記に、「リュ
ウマチが痛んでセナミリオ(青少年の教育機関)を回るのはつらいが、こ
れも国家への義務だからやり遂げなければならない」という文章が出てくる。

そういう元議員たちは若いころに外交官や貿易商として世界の海を股にか
けて活躍し、異教の地でさまざまな経験をしてきた国際人であり愛国者の
老人たちであった。その経験を懇切丁寧にセナミリオで若者に語るのが引
退した国会議員、つまりかつてのエリートの国家への最後の「奉公」であ
り、それは同時に、貿易と外交で存立するベネチアの欠くべからざる安全
と繁栄の継承のための制度なのであった。(「なぜ国家は衰亡するのか」
の210ページ)

思うよう学生が集まらない学生フィールド講座は、もうおしまいにせざる
をえません。しかし、ちゃんとした社会にするために、手をかえ品をかえ
てしなければならないことは多いと、私は思っています。

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◆私にとっての有峰  麻畠 智美
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有峰を思う時、まず一本の木が目に浮かぶ。"愛着の森「対話編」"で私が
選んだ『ともの木』だ。

猪根山遊歩道にある、ショールのようなツタを身にまとったブナの木。空
に向かってたくさんの葉を広げた姿を見上げると、自分までもが『ともの
木』の一部になったような気持ちになり、太陽の光を思いっきり浴びたく
なる。今年もここで会えた喜びでいっぱいになり、とても幸せな気持ちに
させてくれるのだ。

私が初めて有峰を訪れたのは、文化村ができて最初の「山じまいの集い」
だったと思う。当時の私は、文化村のVIを手掛けたデザイン事務所で働い
ていた。 有峰の自然の素晴らしさを上司から幾度となく聞いていた私は、
初めて訪れる場所のはずが、なぜか懐かしい気持ちになった。そして、そ
の晩、旧有峰ハウスで行われた宴に参加して、さらに有峰が好きになった。

"有峰が大好きな人"という共通点だけで集まった人たち。年齢も仕事もバ
ラバラの初対面の方々との時間を、私は心から楽しいと思えた(人見知り
の私には珍しいことだった)。

そして数年後、私は文化村のスタッフとして働くことになった。深い雪が
溶け、眩いばかりの新緑の芽生え、美しい声で鳴く小鳥たち、有峰ダムの
豊かな水、満点の星空、紅葉し実を付ける木々、落葉した遊歩道をカサカ
サ鳴らしながら歩く心地良さ、そしてまた雪…。半年を通して同じ顔を見
せなかった有峰を、一日一日、大切に目に焼き付けて過ごした。

下界の喧騒から離れ、まっさらになって、木と人と自然と向き合える場所。
新しい出会いと発見を与えてくれる特別な場所。そして一児の母になろう
としている私が、一番連れて行きたいと思う場所、それが私にとっての
有峰だ。

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**「私にとっての有峰」の編集にあたって

タイトルは「私にとっての有峰」です。
このタイトルの意味は、有峰という場所が有峰村民の方々に深く思いを興
す場所だと思われたからです。

有峰を愛する方々がそれぞれどんな思いで村民になられたのだろうか。
有峰という地で、どんな形で生きがいを見出しておられるのか。

現在、有峰村民は700名近くにもなっており、それぞれ皆さんのの思いは
どうなんだろう、こんな疑問が沸き起こりました。

そこで、自分と有峰との関わりをふりかえって見る「私にとっての有峰」
を村民の皆様とともに共有したいと思いました。

今回 元有峰森林文化村スタッフの麻畠智美(旧姓:小嶋)さんに原稿を
書いて頂きました。麻畠さんのほか元スタッフの方や、レンジャーの方々
からも原稿を頂いております。ほんとうに嬉しい気持ちです。

有峰に思いを興す有峰村民の皆様、お持ちの「私にとっての有峰」を、多
くの村民の皆様と交換してみてはいかがでしょうか。

タイトルは「私にとっての有峰」、内容はどんな小さなことでも、他愛の
ないことでもいいのです。有峰をベースにして自然・歴史・文化・趣味な
どの話題、なんでもいいです。

有峰村民による「私にとっての有峰}を募集いたしますので、下記により
投稿をお願いします。
 
原稿は
インターネットの場合は、info@arimine.netへ
郵送の場合は、〒930-0096 富山市船橋北町4−9富山県農林水産公社
       有峰森林部へ

お送りください。   有峰森林文化村主任指導員 宮原真樹

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