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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2009年5月30日 第182号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/荻沢明夫
(発行日現在の有峰村民人口:659人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆水と緑といのちの森有峰 
  石井 驤黶i有峰森林文化村会議会長 富山県知事)
◆有峰森林文化村の再開
◆オレゴン有峰往復書簡第62回目 オレゴンからから有峰へ 小杉礼一郎
   〜車の話〜
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◆水と緑といのちの森有峰 
  石井 驤黶i有峰森林文化村会議会長 富山県知事)
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有峰に待ち遠しい春がやってきました。今年は例年より積雪が少なく、除
雪や道路整備も順調に進み、昨年より約1週間早い5月23日に有峰林道
の通行を再開しました。

現在、小見線と小口川線を除く一部開通となっており、富山県側からお越
しの皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、有峰森林文化村の施設は6月
1日から(有峰ハウスは6月2日から)営業を開始しますので、多くの皆
様のご利用をお待ちしております。

有峰湖周辺の一帯は、森林美に包まれ、命の息吹、共生と循環、自然への
畏敬の念を感じ取ることができる癒しの空間です。
こうした地域を保全し、後世に伝えるため、有峰森林文化村では、有峰を
愛する人々が村民となって、「水と緑といのちの森を永遠に」を基本理念
に、豊かな自然のなかで憩い、楽しみながら自然を学び、みんなが力を合
わせて森林を保全していくための様々な活動を展開しています。

「憩う」観点から、森林浴やオカリナなどによるコンサートを楽しむ「日
帰り語り部講」、「学ぶ」観点から、有峰の自然について生物講師の支援
のもとで研究に取り組む「ありみね高校生学びの森」や、有峰に泊まり俳
句に親しむ「俳句の会」、そして、「守る」観点から、「有峰森林レンジ
ャー」による火の始末や貴重な草木の伐採・採取を慎むことの指導等を行
っています。この三つの柱による有峰森林文化活動により、有峰村民は、
本年3月末には650人と昨年に比べ40人増加し、大変嬉しく思ってい
ます。今後とも、有峰森林文化活動に対し、有峰村民をはじめ県民の皆さ
んのご理解とご協力をお願いいたします。

さて、県では「富山県森づくり条例」に基づき、県民参加による森づくり
を進めていますが、県立自然公園にある有峰の森は富山県の森のお手本で
あり、有峰の森に寄せられる期待は大変大きなものがあり、皆さんから貴
重なご意見やご提言などをいただきながら、これからも有峰の森を守り、
育て、しっかりと後世に引き継いでいきたいと考えております。

有峰の森は、春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉と四季折々の楽しみがあり、
私たちの心を癒してくれます。また、ブナやミズナラの明るい林の中を歩
けば、元気が湧き出してきます。皆さんと有峰でお会いできることを心か
ら楽しみにしています。
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◆有峰森林文化村の再開
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1 有峰林道の開通
  5月23日(土)より、小見線、小口川線を除く有峰林道の一般供用
 を再開しました。
  通行時間は、午前6時から午後8時までです(午後8時から翌朝6時まで
 は林道を通行できません)。
 通行料金は、大型車4,300円
       小型車1,800円
       自動二輪車等300円
 大型車及び小型車については、10回分の料金で11回通行できる回数券が
 あります。購入した年度の翌年度まで有効です。

2 小見線
  富山市亀谷から有峰湖間については、現在、工事中であり一般供用の
 時期は未定です。

3 小口川線
  富山市水須(みずす)から有峰湖間については、現在、安全施設の整備
 中であり一般供用の時期は未定です。

4 岐阜県飛騨市神岡町牧から県境大多和峠までの路線
  この区間のうち、飛騨市佐古から県境大多和峠までの区間は私道です。
  この私道区間は(19年度から)通行できません。

5 有峰ハウスの営業開始
  有峰林道の開通により、6月2日(火)から有峰ハウスの営業を開始
 します。料金、休館日、予約状況等はインターネット(ありみネット)
 で確認してください。

6 問い合わせ、申し込み
(1)林道関係
  電 話  076−482−1420
  ホームページ  http:www//arimine.net/

(2)有峰ハウス、有峰森林文化村行事関係
  電 話  076−481−1758
  ホームページ http:www//arimine.net
  メール mm3@arimine.net(有峰ハウス 予約専用)
info@arimine.net(有峰森林文化村行事関係)
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◆オレゴン有峰往復書簡第62回目 オレゴンからから有峰へ 小杉礼一郎
   〜車の話〜
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不見識と言われるかも知れませんが「面白い」と思ってみると今の時代の
移り変わりは下手な小説や映画なんかより面白い。社会、経済、環境… 
昨今はあたかももう末のような世相のように言われています。が、 これ
はフィクションには及びもつかないエキサイティングな同時進行ドラマで
す。一年足らず前に「アメリカの自動車メーカービッグ3が存亡の危機
だ」などと誰が思っていたでしょう。でも、来年の今頃には「そんな時代
もあったねえ」ということになってしまう。車だけを見てもうつろう時代
を思ってしまいます。

私が物心ついたころ ―昭和30年代の高岡― からの風景の中での車の思
い出を語ると、先ず、今で言うパトカー ―その頃は「ジンダはんの車」
― はアメリカ製の白いジープ、それは進駐軍のお下がりでした。  
今も家のそばを通るT字路があり、そこはまだ舗装されていなかったので
凸凹でした。ある日ミゼット(3輪自動車)がゆっくりなのにその角を曲
がりきれず「コテッ」といった風情で横倒しになりました。
現代なら車の横転事故ですが「あれっ?」と思って見ていると、中から人
が出てきて、よっこらしょと手で起こして又走っていきました。

ちょうど有峰ダムが完成した頃でしょうか?高度成長の助走時代だったそ
のころは時間もゆったりと過ぎていたように思います。とにかく当時の日
米の車については比較にすらなりません。戦勝国と敗戦国のそれでした。
東京オリンピックのあたりから日本社会全体のテンポが次第に速まってい
ったのでしょうか? それでもそのころまで二輪車を作っていたホンダが
四輪車の製造に乗り出そうという計画を通産省が聞きつけ、本田宗一郎を
省に呼びつけ「国としては四輪はトヨタと日産だけに集中させる。ホンダ
がアメリカの自動車産業に対抗しようなど馬鹿なことはさせない。」と恫
喝し、本田宗一郎がいたく憤慨しました。 その後の展開はご覧のとおり
です。

70年代の後半に私は外国をあちこち旅していました。マニラではジープを
改造した乗合自動車「ジープニー」に伍してコロナがたくさん走っていま
した。パキスタンとアフガニスタンの国境地帯(現在タリバンの勢力圏
内)には当時から武装勢力の男達がいました。
ラワルピンディのホテルで知り合いになった逞しい彼らは手に手に機関銃
を持って4人でコロナに乗っていました。アフリカではケニア山やキリマ
ンジャロの麓のサバンナで活躍している車の主役はイギリスのランドロー
バーからトヨタのランドクルーザーがとって代りつつありました。当時ま
だヨーロッパでは各国の欧州車、アメリカはアメ車が巾をきかせていまし
た。初めて降り立ったアメリカのハイウェイと畳のようにでかく広いアメ
車のサイズに私は「はぁ」と驚いていました。カリフォルニアで高岡高校
山岳部の先輩が乗っていたシボレーインパラが私にとってアメ車のいわば
原体験でした。曲面ガラスが新鮮でしたし、不必要にデカイ車体もしげし
げ見ると結構ザツなつくりなんだなあという印象でした。日本を出る前に
アルバイトしていた会社の社長の乗っていたクラウンのツクリが「実はと
てもしっくりしたレベルの作りになっていたのだ」と関心しました。

80年代を通して、日本の自動車産業界は屈辱的な「日本車対米輸出自主規
制」なるものをアメリカにずっと押し付けられてきました。日本の「自
主」規制なんだからアメリカの保護貿易にはならないのだと。そしてピッ
クアップトラックには30%という高い関税を課せてきました。

90年代に日本の自動車メーカーはいずれも北米の現地生産を増やし、品質
と技術をたゆまず改善してきました。ハイブリッド車を象徴とする低燃費
化の努力がありました。この間、アメリカの自動車産業界は安い石油と今
述べたようなぬるま湯の競争環境にあって、ウサギとカメの競争を地でや
ったみたいでした。経営者の超高給化、労組との馴れ合い関係のみが固定
化し新技術の開発、環境動向への研究などまったく日本車に遅れをとって
しまいました。アメリカ車の問題(ボディのデザインが年々変わるだけで、
燃費の悪さ、故障の多さなどはそのまま)も残ったままなのでアメリカ人
も愛国心だけではアメ車を選びません。その結果が今日の状況です。今に
して思うとビッグ3の凋落は典型的な自業自得、因果報応ストーリーの終
章のように思えます。

「車」はその国、その社会、その時代の交通システム、環境、文化をいつ
も反映しています。私が見てきたこの半世紀のあれよあれよと言う間の世
の移り変わりに今、車メーカーも、ユーザーも今は五里霧中の手探り状態
で進んでいるように思えます。やはり「面白い」と思ってしまいます。ど
んな車が次時代の主流になるのか?ということもさることながら、都市部
や街での車の使われ方、公共交通機関との係りにおいての車の使われ方も
問われてくると思います。当地では、自然の中、国立公園の中などでの移
動をこれまでの車中心から電気シャトルバス主体へと変わっていく動きも
始まっています。次の機会に有峰のケースも含めそういった交通システム
のことについてお伝えしたいと考えています。

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