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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2009年2月7日 第174号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/荻沢明夫
(発行日現在の有峰村民人口:655人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆オレゴン有峰往復書簡第54回目 オレゴンから有峰へ 小杉礼一郎
  〜自分の中のスケール〜
◆土壌動物の話し(その8)「ザトウムシの言い伝え」
  富山県立滑川高等学校 校長 平内好子
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◆オレゴン有峰往復書簡第54回目 オレゴンから有峰へ 小杉礼一郎
  〜自分の中のスケール〜
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日本海学学生フィールド講座の様子、楽しく読ませていただきました。
有峰での皆さんの様子、目に浮かびます。
行間・・・というか海での体験の様子が無かったので
悪い癖で私の妄想虫が遊び出してしまいました。

船も機関も完全に停めてもらい、若潮丸からザブッと波の中に飛び込んで
みたい。
静かだろうな、水は透き通っているだろうか、ふつうに塩辛いだろうか、
空の色はどんなだろうか。波間から見る富山湾洋上から立山薬師のあたり
の眺めはどんなだろう。
街のスカイラインはどういう風だろう。北陸自動車道は見えるだろうか
工事中の新幹線の路線はどうかな?  思いは尽きません

逆に有峰のぐるりの峠かピークからほんのちょっとでも富山湾が見える場
所があるだろうか? どうでしょうか? あったら登ってみたいですね。
有峰と日本海があったらそのつながりや隔たりをなんとか自分の五感を使
って確かめたいと… そう思うのは私だけでしょうか。

有峰から滑川辺りの海辺まで直線で40キロ位、ちょうどマラソンの距離く
らいです。道距離では7〜80km程?
来年は、有峰での体験と富山湾での体験の間に、和田川常願寺川伝いの有
峰⇒日本海ハイク を入れたらどうでしょうか。日中は暑いから日の出の
頃に海岸に辿りつく深夜ハイクでもいいと思います。もちろん自由参加で。
できれば県下の中高生に多く参加してほしいですね。実現のハードルは高
くて多いでしょうけどこれだけ山と海が近く好条件な場所もまれだと思い
ます。 中川さん。今年は是非左遷覚悟でトライしてみてください。
(大丈夫又有峰がありますから。)
山から海の距離全部を自分の体で験した人の中にはスケールが出来る思い
ます。人生の色んな場面でとても役に立つ一生モノのスケールが。

話はすっ飛びますが 維新の頃から日露戦争、日中戦争、敗戦と日本の辿
った路を検証してみると(防衛戦争だったという意見もありますが)
ある時期―おそらく日露戦争以降―から明らかにこの国は進む道を踏み外
していったといえます。

私の見方は国のリーダー達一人ひとりの中に確としたスケールが備わって
いたかどうかという点です。それはバーチャルとリアリティを見極めると
いう一面もあるし、日本という国が世界の中でどれだけの大きさ(小さ
さ)か 同じように中国はどうかアメリカはどうか。をリアリティで計る
という面もあります。

維新を進めた志士、明治国家を作った人達は一度ならず自分の足で故郷か
ら京、江戸、東京へ歩いた経験がある人たちです。少なくとも日本という
国の大きさを自分の体で計ることをした。 薩も長もそれぞれ一度は夷敵
とモロにぶつかりリアリティとして自分たちの本当の力を知った。攘夷を
唱え旧体制を倒した瞬間から開国に転じた思考のしなやかさ。リアリティ
のスケールを皆が持ち合わせていない限り一致できなかったはずです。

片や日中戦争から太平洋戦争へと突き進んだ頃の日本の指導層はどうだっ
たか?
情報量としては明治のころとは比較にならいくらい豊富でした。神州不滅、
一億玉砕を本気で叫んでいた人達にはどんなスケールが備わっていたのだ
ろうか?と思います。彼らのいびつなスケールをリアリティが直す時はつ
いになかったということでしょう。駐在武官でアメリカに居た山本五十六
は日本がアメリカと戦う愚をリアリティとして知っていました。

今年の新成人達は産まれたときからゲーム機があり、コンピュータがあり、
インターネットがあり ですが、リアリティの自然、リアリティの世界と
触れる機会は昔より確実に減っています。考えると色々心配になってきま
す。

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関原さんの便りを拝見。とても励みになります。
「村仕事の集い 冷夕谷キャンプ場の草刈」とてもいいと思います
作業をしているとそれぞれの人がきっとその日の内に確とした意義を
自分の中に見つけるはずであまり大上段に構えなくてもいいと思いますよ。
いわゆる「ボランティア」については洋のこちら側からも日本を見ている
私には一言ありますので次回にでも書きたいと思います。

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◆土壌動物の話し(その8)「ザトウムシの言い伝え」
  富山県立滑川高等学校 校長 平内好子
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 有峰新聞の読者の脇田さんから以前お手紙をいただきました。土壌動物
シリーズを楽しみに読んでくださっているとのこと大変嬉しく思っていま
す。その脇田さんがザトウムシについて、とても面白い言い伝えを教えて
くださったので紹介します。

ダム問題で沈められてしまった徳山村のオジイチャン、オバアチャンから
教わったそうです。
その年の積雪量の占いにかかわるという言い伝え。
ザトウムシの呼び名は、チャクボ、ヒボクボ、(クボ=クモのこと)、
周辺の村で トッポ、アシナガグモなど。

このチャクボの足の長さをみて、去年のそれより長ければ大雪、短ければ
平年並みか少ない と読むのだそうです。その理由は、冬の間は自分の足
を食べて過ごすからといわれています。
周辺の村では、夏の内 足を伸ばしておき、餌のない冬、それを食べてし
まうと説明されたそうです。(大雪予想の時は長くしておかなければとい
うことでしょうか。)

ザトウムシが本当に自分の足を食べるかどうかはわかりません。共食いす
ることは知られていますので、他に食べるものがなかったら、もしかした
ら・・・?
おそらく、とても目立つ長い長い足ゆえに考えられたのではないでしょう
か。それに、ザトウムシの足はひじょうにとれやすく、ちょっと足をつま
んだだけで簡単にとれてしまいます。それで、何本か足の少ないザトウム
シを見かけて、自分で食べちゃったと思われたのかもしれません。
でも、昔からの言い伝えには結構当たっていることも多いので、本当のと
ころはどうなのか興味深いですね。
脇田さん、ありがとうございました。

ちなみに、土壌動物学者の間では、ザトウムシは"森のあしながおじさん"
とよばれています。実際には、土壌動物としては足の短い小さなタイプの
ザトウムシの方が多いのですが、やっぱりザトウムシらしいのはあしなが
タイプですね。
"森のあしながおじさん"を探しに行きましょう。

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