******************************************************************
ありみネット http://www.arimine.net/

有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2009年1月10日 第172号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/荻沢明夫
(発行日現在の有峰村民人口:654人)
******************************************************************
━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆オレゴン有峰往復書簡第52回目 オレゴンから有峰へ 小杉礼一郎
  〜夢のこと〜
◆カモシカのはなし  富山県自然保護課 赤座 久明
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
─────────────────────────────────
◆オレゴン有峰往復書簡第52回目 オレゴンから有峰へ 小杉礼一郎
  〜夢のこと〜
─────────────────────────────────
キャニオンとか、国立公園の総量規制とか、書きたいプロットはいっぱい
あるのですが、今の世相を見ているとどうもそんな気にならず、今回は正
月らしく「夢」のことを書きましょう。

実は今朝、連載の記事を編集部へ送って自分でも改めて「やっぱり夢は大
切だ」と思ったからです。 

その記事は、「タイドプール」という海の生物を観察する干潮時の岩磯の
潮溜りに砂が堆積して使えなくなったという内容です。

抜粋すると;『…オレゴンの南北500キロの海岸線には25カ所タイドプー
ルがあるが、車椅子で海まで入っていける場所はここしかない。世界で初
めての試みは、いっぱいの人々に夢を届けるプロジェクトであっただけに、
はやく以前の景観に戻って……と願う。国立公園局などに比べると、予算
も人員も少なく、いたって「地味〜な」イメージの連邦土地管理局だけに、
この素晴しい試みの灯は絶やさないでほしい。頑張ってほしい…』という
ものです。

今現在も、冬の寒空の下、デトロイトのあるミシガン州ばかりでなくオレ
ゴンでも、富山でも、日本中で、おそらく世界中で何十億人の人々が仕事
の不安、家計の不安、経済の先行きの不安、将来の不安、に苛まれていま
す。全員にお金を配ればその不安はやわらぐでしょうか? いいえ、どの
みち近い将来自分達が払う税金なのです。ただ貰っても気持ちは複雑です。
心が前向きになるエネルギーは無い。だれでもちゃんと仕事をしてお金を
得たいのです。

つい、人間に必要なものって何だろう?と考えてみました。
人間つまり人(と人)の間ですから、最低二人の単位で夫婦 家族、学校、
市町村、県、国、民族、会社、運動部、同好のグループ、NPO法人、結社
義兄弟、旦那と妾、何だってあります。

私なりに思ったのは お金 対話 リアリティ(実体)そして 夢です。
ちょっと解釈を入れると「実体」は生身の人間らしい関係 夫婦生活、一
家団欒 慶事から人の集団で喜びを共有する体験 何でもいいです チー
ムが勝ったとか 目標をクリアできたとか、…。 そして夢 家を建てる
○○へ行く、○○をつくる、○○する。大小の問題ではありません。同床
異夢でも構わないと思います。とても大事な心の不可欠栄養素です。むし
ろそれこそがエネルギーの源ではないでしょうか。「金の切れ目が縁の切
れ目」「亭主達者で留守がいい」とかいわれますけれど一方で「喰うや喰
わずで」「心を一つにして」「コケの一念」「後家の踏ん張り」「親はな
くとも子は育つ」とかいう言葉もあります。「こんな時期に夢みたいなこ
と」とも言いますが、こんな時期だからこそ夢をしっかり語り共有する意
味があると思います。

さて、この私論「人間の集団が生きるために必要な四要素」に照らしてみ
ると有峰林道使用料1,800円は全く妥当です。これが高いと思う人は有峰
への期待値≒夢が低いからでしょう。有峰森林文化村を創って頂いたおか
げで「対話」は人と人ばかりか木ともできるようになりました。 「リア
リティ」は私の解釈ではそれはそれこそちょっとリアリティには欠けるの
ですけれども、有峰の森の「気」(き あるいは け)だと思います。 
どうしてそれがリアリティかというと、目には見えないが誰もがその
「気」を感じて、それに惹かれるからです。だから実体はあると思います
ね。色即是空みたいですけど。そして「夢」 ナメタケいっぱい食べたい
とか、クマに遇いたいとか、いい写真を撮りたいとか、薬師に登りたいと
かそれこそ有峰を訪れる一人ひとりの人や家族がそれぞれ自由に思い描け
ばいいと思います。

私の夢は又いつか有峰に行くことです。何だと思われるかもしれません。
けれども オレゴンからは充分にそれは夢なのですよ。皆さんがオレゴン
に行くことのように。
有峰村民の皆さん、今年も宜しく。
─────────────────────────────────
◆カモシカのはなし  富山県自然保護課 赤座 久明
─────────────────────────────────
"シカという名のウシですが"
今年は丑年。年賀状の図柄の中にはウシに混じってカモシカの写真を使っ
たものもありました。実は、私の年賀状もカモシカでした。カモシカは、
名前はシカと付きますが、シカ科ではなくウシ科に属する動物だという、
ちょっとマニアックな話は、実は結構たくさんの人が知っている知識で、
たぶん、「ヒツジはウシ科の動物である」という知識以上に、一般化され
た動物情報のように思います。特別天然記念物に指定された1955年当時は、
深山幽谷でなければ見ることの出来ない「幻の動物」であったことが、逆
に珍獣扱いされてカモシカ情報が普及したのかもしれません。トキの名前
や写真は頻繁に目にしますが、県'内に普通に見られるコサギやアオサギ
の話題が、めったに新聞に登場することがないのと似ています。

カモシカについては、その後の狩猟禁止による生息数の増加で、奥山だけ
でなく平野と接する丘陵地までが生息範囲となり、最近では、もっとも出
会いやすい大型哺乳動物となったように思います。「いつも同じヤツ(カ
モシカ)が同じ畑に出てくるちゃ。」などと中山間地の農家の方に迷惑が
られているのは、ナワバリを作り、一年をとおしてその中で生活するとい
うカモシカの行動特性によるもの。ただし、このナワバリは同性間の棲み
分けを維持するためのもので、オスとメスの異性間のナワバリは重なり、
多くの場合、ナワバリの重複する1頭のオスと1頭のメスは配偶関係にあ
るとのことです。

カモシカのように森林にナワバリを構え、木の葉を主食にして単独で生活
するというライフスタイルはウシ科の動物でも古いタイプのグループの特
徴です。地球の寒冷化、乾燥化にともない出現した広大な草原へ進出し、
大量に繁茂するイネ科の草を求めて、群れを作って移動するバイソンのよ
うな大型の動物が、新しい時代のウシ科の主流になっていきました。

そのようなウシ科の進化に思いを巡らせながら、改めて林道で出会ったカ
モシカを眺めていると、機敏に逃げることなく、納得できるまでこちらを
凝視し続けるこの性格では、槍や弓、火縄銃の時代ならいざ知らず、明治
以降急速に普及した高性能の猟銃の前では、簡単に撃たれ、「幻の動物」
になってしまったことが察せられます。この不器用な動作や行動を見ても、
どこか時代遅れの空気に包まれた動物のように思ってしまうのです。

"ハッピーエンドカモシカ事件の思い出"
春の新緑の中でカモシカの親子に出会うと、いつもある出来事を思い出し
ます。それは、もう10年も前、1999年4月下旬の土曜日の午前のことでし
た。
早朝、PTA行事の資源回収を済ませた後、小学校へ入学したばかりの三
男の自転車乗りの練習のために、神通川に面した発電所の空き地へ出かけ
ました。自転車乗りでは先輩顔の中学二年の長女と小学五年の次男も同行
したのですが、肝心の三男の自転車の特訓をよそに、二人で勝手に始めた
自転車レースの判定を巡って口論。兄弟喧嘩というのは、なぜかいつも、
主題を外れた、どうでもよい事がきっかけとなって始まるものなのですね。
みるみる雰囲気が悪くなり、どちらか一方が涙目になるまで争いが続きそ
うな嫌な状況。賢明な父は、気分転換を図るべく、自転車を置いて発電所
の裏山への山登りを提案。

と、少々長い前置きになってしまったのですが、問題のカモシカを発見し
たのはこの直後のことでした。ヤブジラミの白い花の咲く急な坂道を登っ
ている途中から、動物臭を感じ、子どもたちには近くに動物がいそうだか
ら気をつけて歩くように注意を促し、その臭いの方向へ向かいました。

臭いの先に見つけたのは、大きな穴に落ちて出られなくなった1頭のカモ
シカです。戦前に作られた小さな発電所の廃墟に、深さが2m程のコンク
リートの貯水用の升があり、3m四方程の四角い穴の縁は草が茂っていま
す。カモシカはこの草を食べているうちに足を踏み外し升に墜落。ジャン
プで這い上がろうと試みるも、垂直のコンクリート壁は彼女の跳躍力の限
界を超えて脱出を沮み続け・・・、というような経緯だとの察しはすぐに
つきました。そして、四方のコンクリート壁に残された無数の縦縞の痕か
らは、その痕の数だけカモシカがジャンプを繰り返したこと。排泄物と泥
の混合物だけが広がる升の底の様子から、彼女がかなりの時間絶食状態だ
ったこと。4人の人間が突然上方から覗き込んでもよたよたと数歩動くだ
けで、ほとんど静止状態で立っているだけであること。などから、子ども
の目にも、このカモシカがかなり衰弱していることが読み取れたようです。

3人の子どもが、それぞれに自分の言葉でカモシカの状況を案じ、何とか
升から引き上げてやりたいという内容の意見を一通り表明したように思い
ます。けれども、軽装で坂道を登ってきただけの親子4人の力では、升の
底からカモシカを引き上げてやることはできないという判断も、すぐに全
員が一致。人にもカモシカにも危険が無く、短時間で引き上げるためには、
5mほどのロープが2本以上、升の底に降りるためには3m以上のハシゴ、升
の中に1人、升の周りに2人以上の大人の力、などが必要だという見極め
をし、坂道を駆け足で戻り始めるまでにはそう長い時間はかからなかった
ように思います。

坂道の下に止めた自転車を急ぎ軽トラックに乗せ、ロープとハシゴはたぶ
ん車庫にあるはずであること、力もちの助っ人を頼むとするなら、朝の資
源回収に参加していた緑ちゃんや直人君のお父さんに頼んでみたらどうだ
ろう、などと話しているうちに自宅に到着。ロープとハシゴはすぐに準備
できたのですが、人集めには結構時間がかかりました。結局第一発見者の
4人と私の父親を加えた家族5人、それにPTA仲間が2人加わってくれ
て総勢7人のカモシカ救助隊が編成され、再度「事故現場」へと向かった
のでした。大きな脚立を担ぎ、ロープの束を抱えて、全員肩で息をしなが
らコンクリート升へ到着し、休む間もなく脚立を伸ばして救助活動の開始
です。

カモシカが狩猟獣であった昔、猟犬に追いつめられたカモシカは、その短
かく尖った角で巧みに犬と闘い、しばしば犬に重傷を負わせたという猟師
の昔語りが頭をよぎります。ハシゴの中段で止まり、そこからロープを投
げ縄にして投げてみたところ、1回で見事首に巻きつきました。さすが白
黒テレビで西部劇のカウボーイに熱中していた世代。少年時代のイメージ
トレーニングが役立った、稀な場面です。投げ縄の一端は他のメンバーに
引っ張ってもらい、慎重に升の底に降りました。荒い息づかいが聞こえ、
相手はこちらを凝視しています。升の底から引き上げるためには、胴体に
もう1本ロープをかけたいのですが、直接体に触れた瞬間、カモシカがど
のような動きに出るのか、先がまったく読めません。とにかく角の攻撃を
かわそうと考え、ゆっくり頭に手を伸ばし、最後はすばやく角を捕まえま
した。カモシカの角は意外にも暖かかったです。頭を大きく揺すって抵抗
することを予想していたものですから、角を掴んだ後の行動を考えていな
かったことに、この時初めて気づきました。「えーっと、どうしよう。」
というような言葉をつぶやいたように思います。とにかく、胴体に手を伸
ばしてもう1本のロープを腹の下に通し、出来れば、ゆるく一重結びにし
てロープの両端を上で待つ人に渡したい。そこで、片手で角を掴み、一方
の手でロープを腹の下に通し、背中の上で一重に結び、という具合に進め
ていったように思います。片手で具合良くロープを操れたのは、予想した
ほどカモシカが暴れず、しかもカモシカの体が思ったほど大きくなかった
からでしょう。

ところで、コンクリート升に降りた時から気になっていたことなのですが、
カモシカのお尻の先に、赤いゴム風船のようなふくらみがついていて、そ
れが時間とともにどんどん大きくなってきたのです。このゴム風船が胎児
を包む羊膜だと気づいたのは、カモシカの吊り上げが始まって、ゴム風船
が私の目の高さほどにまで上昇した頃でした。その風船は更に大きくふく
らみ、羊膜を透過して胎児の体の一部が見えているように思われました。

出産が始まったカモシカを、よりによって、その腹にロープを巻いて、力
まかせに引きずりあげていたのです。ことの事情を簡単に引き手に伝えた
のですが、このような事態に誰も適切な判断などできるわけがありません。
一瞬、躊躇の時があり、とりあえず引き上げてしまおうという誰かの声が
聞こえ、カモシカの体は揺れながらコンクリートの壁を登っていきました。

地面に戻ったカモシカはしばらく倒れていたのですが、すぐに起きあがり、
四肢を伸ばして精一杯の力で立っています。その頃には、羊膜の中に胎児
の前足がはっきり見て取れましたが、細い足は体の外へ出ているものの、
頭や胴体が続きません。この状態が随分長く続いたように思いましたが、
今になってみると、それはおそらく数十秒程度のわずかな停滞だったので
しょう。ただ、その場に居合わせた7人にとってはこの時間は十分長く、
カモシカの母子は、共にこのまま力尽きてしまうのではないかという不安
がよぎり、そのような言葉をそれぞれがつぶやいていたように思います。

そんな中で、長女が突然「私、引っ張ってみようか。」と出産の介助の提
案。なすすべもなくおろおろしている6人の男達にはこの発想は無く、私
は娘に負けたような、軽いショックを感じました。「後足で蹴られるかも
しれないから、やめたほうがいい。」などと、根拠の薄い忠告はするもの
の、何もできずにただ立ちつくしているだけでした。

ところが、現実というものは、一瞬のうちに場面転換するものです。数十
秒の停滞の後、まさに「ドサッ」というスピード感で羊膜の袋が落下。同
時に破れた袋から羊水が流れ出し、袋の中からぐっしょり濡れたカモシカ
の赤ん坊が出てきたではありませんか。倒れてはいるもののちゃんと動い
ているようです。衰弱の極みであろう母親は、しかし、ゆっくりと振り返
り、鼻先を赤ん坊に近づけるしぐさです。

関係者一同、安堵の気持ちを共感。母親にこれ以上ストレスを与えないた
め、長居は無用と判断し、一同カモシカ母子の今後を案じながらも引き上
げを開始しました。カモシカの吊り上げだけでも十分に稀な経験です。そ
のうえ出産にまで立ち会ったのです。興奮の余韻にひたりながら坂道を下
るカモシカ救助隊員の列を、神通川からの春風が心地よく通過していきま
した。

このカモシカ救出劇は我が家の子ども達にとってたいそう重い経験であり、
同時に貴重な情報源となりました。長女は「社会を明るくする運動」の作
文で、次男は「家庭の日」の作文のネタとしてこの話題をとりあげ、賞状
と記念品を手にしたとのことですが、形のある物以上に、カモシカ母子の
生命の連鎖に関わることができた体験が、多感な少年期の心の記念になっ
たように思います。
あの日から10年が過ぎようとしていますが、今でも時々は家族の話題にな
る、ハッピーエンドカモシカ事件の思い出です。
─────────────────────────────────
有峰森林文化村新聞は村民の交流の場として利用してください。
皆様からいただいた情報やご意見、感想を掲載しますので、どしどし投稿
ください。お待ちしております。
あて先は
info@arimine.net