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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2006年12月9日 第118号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/中川正次
(発行日現在の有峰村民人口:549人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆オレゴン有峰往復書簡第2回目 有峰からオレゴンへ 中川正次
◆愛着の森対話編第9号の記録     おんぶして〜とせがむ孫娘
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◆オレゴン有峰往復書簡第2回目 有峰からオレゴンへ 中川正次
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小杉さんは、前回の追伸で、ヤナギランのことに触れられました。神戸の
鳥飼福子さんからメールが届きました。

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いつもは文化村新聞の目次にざっと目を通すだけなのですが117号は「オ
レゴン州有峰書簡」 というのに惹かれ、ついつい読み進めていって、最
後のほうで「アッ」と思いました。ヤナギランといわれてもピンと来なか
ったのですが・・・

今年の8月にアラスカへ行って来ました。デナリ国立公園からアンカレッ
ジへバスで移動する途中、紫がかった濃いピンクの花がハイウェイの路肩
に沿って咲いているのを見ました。

現地のガイド氏が「火炎草,Fire weedもそろそろ終わりですね」とか言
っていたのを突然思い出したのです。

そのFire weed,ヤナギランが有峰にも咲いているなんて。小杉さんから
のオレゴン州便りを読まなければアラスカの冷たい雨に濡れながらけなげ
に咲いていたFire weed のことを再び思い出すこともなかっただろうし、
有峰のヤナギランに思いをはせることもできなかったでしょう。有峰を中
心につながっていく縁の不思議さを感じます。
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ミズバショウ、ヤナギラン、クガイソウが有峰三名花です。ミズバショウ、
クガイソウはよく目にしますが、ヤナギランはあまり見ません。有峰ハウ
ス別館(旧有峰青少年の家)の国旗掲揚塔の花壇に、ヤナギランが植わっ
ています。有峰青少年の家に勤務していた人が植えてくださったものです。
夏、長い間咲いているので、何度も絵手紙の題材にしました。

有峰森林文化村に4年前、働いてくれていた石黒智美さんが、前に、カナ
ダからヤナギランの群生地の絵葉書を送ってくれました。どうも北米大陸
の北のほうは、ヤナギランがたくさん咲いているようですね。

さて、鳥飼さんには、有峰森林文化村新聞に2度文章を書いていただいて
おります。

http://www.arimine.net/annai/paper20031101.html
http://www.arimine.net/annai/paper20040904.html

鳥飼さんは、旧有峰村民の子孫の方です。1920年に県が山林を買収した1
2人のうちの1人が岩段吉之助さんです。吉之助さんは鳥飼さんのお父さ
んのお父さんになります。

有峰冷タ谷の先、桐山三叉路の手前に有峰墓地があります。有峰ダムは19
59年4月に水をためはじめました。家のあったところが沈むわけですから、
各戸の墓を山に上げました。骨の納めてある墓は、有峰の家々の菩提寺で
ある大川寺あるいは富山などの移転先に近いところに移設されているよ
うです。最初の頃は、有峰の人達の信仰の対象であった岳の薬師(薬師岳
のこと)・峰の薬師(吉事山のこと。今は宝来島と呼んでいます)が見え
たそうです。もちろん、有峰湖の湖面も。しかし、今は、木が大きくなっ
てそのような景観は望めません。

その墓地の一角に、岩段家の墓があります。その墓に並んで、岩段虎之助
さんの石碑があります。高さが80センチくらい、幅が30センチくらいの小
さな石碑です。彫られた字はところどころ読めなくなっています。岩段虎
之助さんは、吉之助さんの弟のようです。

碑文の概略は「岩段虎之助は、日露戦争中、清国の野戦病院で戦病死した。
陸軍輜重兵勳八等」です。普通、戦死を悼む石碑には、愛国心を鼓舞する
文言が書かれていることが多いものですけれども、この石碑にはそのよう
な言葉はなく、淡々とした事実が書かれているのみです。なお、輜重兵
(しちょうへい)とは、弾薬や食料などを戦闘部隊に運ぶことを任務とす
る兵種です。

旧有峰村民の子孫の一人である川口周一さんのおじいさんは、満州で元気
のない虎之助さんに会ったそうです。このことを三年前の8月に開いた旧
有峰村民子孫の会で川口周一さんはおっしゃっていました。

私が知りえた事実はここまでです。以下は私の感想です。

日露戦争が終ったのが1905年、県が買収したのは1920年。その頃の有峰に
おいて施されていた教育は、夏の間、2週間ほど、麓の上滝から役場の人
が教えに上がってくるだけだそうです。買収当時、半分の人が字を読めな
かったとも伝わっています。富国強兵殖産興業の時代にあって、まともな
教育を子供たちに受けさせたいと親は思ったと思います。県の買収に村が
応じることになったことについて、岩段虎之助さんの陸軍輜重兵としての
死は大きく影響したのではないかと思います。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」、足尾鉱毒事件の田中正造、そして、岩段虎
之助さんの石碑。日露戦争をどう見るかは、私にとって心を離れないテー
マの一つです。

追伸
小杉さんから「来年の5月にオレゴンに来ませんか」とお誘いを受けたこ
とを、いろんな人にお話しました。すると、複数の人から、「小杉さんが
案内してくださるのなら、オレゴンに行きたい。一緒に行こうよ」と言わ
れています。小杉さんのホームページに、日程金額などをお示しいただけ
ませんか? ただし、私自身がオレゴンに行けるかどうかは、なんとも言
えません。
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◆愛着の森対話編第9号の記録     おんぶして〜とせがむ孫娘
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1 その木の名前  ななちゃん

2 場所
東西半島遊歩道の先端

3 種類と様子     
一本のケヤマハンノキが生えている。途中で二股に分かれて、真ん中に大
きなシラカンバを、はさみこんでいる。

4 調べた人の名前 水野博之

5 調べた日 2006年8月31日

6 天気 晴れ

7 時間 午後2時頃

8 どうして、この木が気に入りましたか?
孫娘のななちゃん(七海:3歳11ヶ月)のおんぶして〜の姿がダブりまし
た。

9 この木のそばで口ずさみたくなる歌は何ですか?
加山雄三の「君といつまでも」

10 この木を見て、気づいたことや感じたことを自由に書いてください。
本人共々元気で大きく育ってくれる事を願います。
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