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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2004年2月21日 第43号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/中川正次
(発行日現在の有峰村民人口:318人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆『瑞樹』への投稿−昭和9年の有峰−   山越オノエ
◆「森の記憶」ワークショップの感想(3/3) 上市町・武田和正
◆「森の記憶」ワークショップ参加者からの葉書  横須賀市・相澤理恵
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◆『瑞樹』への投稿−昭和9年の有峰−   山越オノエ
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今日は大漁、五十匹位は、と誰でも家を出る時の意気はすばらしいもので
す。釣竿はたたまなくては薮は通れないぞ、それ靴下をもう一枚、蚊に刺
されて泣くな―お父さんの色々の注意。               
 
白樺の間の道には、あざみ、九階草、駒草が咲いています。その道を一行
は和田川に向つてどんどんあるくのです。約半里も歩いた頃大きな楢の朽
木のある所に出ました。「さあ、これから川下り」といふお父さんの言葉
に、皆は甦つたやうに、乱れた笹原をすばやく抜けて川原に下りました。

激しい岩を噛む流れ、蒼く溶け入る淀み。試みに大きな岩に腹ばってそっ
と下を覗いてごらん。ピカリ銀鱗をひらめかせて岩間から岩間へ矢のやう
にかくれる岩魚を見るでせう。と、お父さんは先づ一匹を笹の枝に通され
ます。皆は総てを忘れて全身の注意を竿へそゝぐ、途端握つた竿がピリピ
リとして、さっと上った竿には、ピチピチピチピチ岩魚がはねかへって居
ります。岩の窪みにはそれも知らぬ顔に大蟇(ひきがえる)がまだ夢をむ
さぼっています。

かうして二三十匹も釣つた頃はもうお昼、「おほさかもり」といふ所まで
川を下つて居りました。両岸切り開らかれて、眼前には雄大な薬師岳が一
片の雲も浮べぬ青空に心ゆくまで屹立しています。汀によつて、今とつた
岩魚を焼きながら、薬師岳をふりあふぐと、満足しきつたやすらかさの中
に、おぢいさんから聞いた、薬師岳や「おほさかもり」の事などが思ひ浮
んでまいります。

木曾の山男義仲は破竹の勢をもつて、平家の軍を倶利伽羅が谷に破りまし
た。むごい荒武者の手に敢へなく最後を遂げる者もあり、今はこれまでと
自刃するものもありましたが、一部の人々は戦つても詮ない事、この修羅
場を逃れ落ちんと、郎党共々川谷沿ひに潜みかくれて散つて行きました。

或るものは越後路、或るものは飛騨路、五箇庄へと、そしてその或るもの
はこの地有峰の盆地に身を潜めました。

野は少くても畑はなくても、阿鼻叫喚の戦場に比べると、そこは彼等永遠
の安住の土地でした。「あゝ、有難い」彼等は思はず叫びました。そして
第一に足をふみ入れたこの地に酒宴が始められ、山々にはその喜びの声が
こだましました。

間もなく附近にはお宮が建てられました。そして無用になつた太刀や鎧は
家代々の系図と共に固く納められたのでした。又人々は自分達にその麓の
地を与へて呉れた、眼前の山を有難く思ひ、常日頃霊験あらたかであつた
黄金の薬師仏と、幾多の戦乱に合つてもその光を消すことのなかつた鏡と
を神体として、その山の頂にまつりました。

信仰の的としての薬師岳には、男成年に達すると、必らず年に一度素足で
これに登り、前途の祈願を神前にこめました。そして不思議にも、総ての
難事は彼等の祈りどほり光明へ導かれ、いかなる不幸、病気も救はれて、
これを聞きつたへて、遠く信州や飛騨の人々までが、春早い雪の消えやら
ぬ時よりお参りにやつて来たと云ふ事であります。其の後この有峰の人々
は霊峰薬師様の御力によつて何の不自由もなく、山に、川に、一日の糧を
もとめて安楽に生活し、その子その孫と今日に及んできました。

然し、長い歴史は、その昔の二百軒にあまつた家々を、僅か十二軒にして
しまひました。然も現在では、その十二軒も殆ど廃家となつてしまつて居
ります。

私は平家の公達がこの流れに遊び、野に兔を追つた頃の事を思ひました。
そして今、目の前に紫に聳え立つている尊い薬師岳の頂に額づいたであら
う人々の姿を思ひました。

鶯の声が聞えてまいります。後の笹やぶから山鳥が飛び立ちます。せゝら
ぎに入つた日の光はまぶしいほどです。食事終つておぢいさんは静かに立
たれました。そしてじつと薬師岳に合掌されています。お父さんも兄さん
も合掌されました。何と尊い有難い事でありませう。私は霊しき岳の清い
姿にうたれたまゝしづかにそのまゝ額づいてしまいました。

編集部注
山越オノエさんは、結婚されて中沖姓。父親は、市太郎さん。現在、八尾
町在住。本稿は、昭和9年に富山県立高女校友会誌『瑞樹』六号に投稿さ
れたものである。
息子さんの中沖克美さんの話によると、「有峰の男はどんなものにも立ち
向かっていく」ということをいつも話されているとのことである。
この新聞に載せるため、一部かなづかいをなおし、改行を入れた。
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◆「森の記憶」ワークショップの感想(2/3) 上市町・武田和正 
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2日目の夜は何処で寝るのかと思っていたら、4つのコースから選ぶシス
テムだった。

Aコースは冷タ谷キャンプ場の管理棟の二段ベッド、Bコースは管理棟内
(ここまでは屋根付き)、Cコースはシラカバとカラマツの林間で野宿、
Dコースは有峰湖の湖畔で野宿、の4コースだ。

この何れかを選んで、持参した寝袋を設営してベッドメーキングする時間
が、まだ明るい夕食前に与えられた。私はもちろん湖畔の野宿を選んだ。

夕食前の準備はもう一つあった。各自、「マイ・焚き火」の材料を集める
ことだった。

夕食後に、マッチ1本と新聞紙1枚で参加者が個々に火を起こし、それぞ
れの火を持ち寄って中央に大きな焚き火を作り、その火を囲んでお題に因
んだ歌を全員で合唱した。

昨年、森林政策課の委託事業でフォレストリーダー養成講座を担当し、キ
ャンピング教室で教わったことが役に立った。

一つ目は、ブルーシート1枚とロープ1本で作るビバーク用の蓑虫テント
だった。午前3時頃パラパラと雨が降ったらしいが、簡易テントのお陰で
濡れることなく、白く晧晧と輝く月や満天の煌く星座を楽しむことが出来
た。

二つ目は、焚き火の起こし方だった。マッチの火を新聞紙に移し、カラマ
ツの小枝から枝に、さらに太い枯れた幹へと、勢い良く燃え盛る焚き火を
作ることが出来た。

焚き火の炎を見つめていると、はるか昔に竪穴式住居に起居していた遺伝
子の記憶が蘇ってくるようだ。

3日目は有峰湖畔で目覚め、薬師岳から昇る朝日を拝むことから始まった。
その後、湖畔で早朝プログラムがあり、講師の中野さんの指導によって、
湖の気、森の気、山の気を身体一杯に感じながら体を動かし、深呼吸を続
けた。

最終日のメニューは、俳句を創る「森の句会」と、絵手紙を創る「森の美
術館」の創作活動だった。

講師の小野さんが、今回の有峰のワークショップで体験したことを、有峰
に到着したときから時系列的にまとめながら静かに語られたので、創作の
ヒントを得ることができた。

「森の句会」では、私は次の7句を詠んだ。
  ミズナラとウダイカンバにブナ・ネズコ
  リンドウに道を占られて回り道
  軍足やぬかるみ苔が心地よい
  ロウソクの炎に浮かぶ我が夕餉
  静寂の湖畔に結ぶ我が寝床
  湖つ風有嶺(うれい)と薬師身を癒す
  願わくは有峰の地にて森と消ゆ

「森の美術館」では、唐尾峠の展望高台から見た有峰湖の印象を絵ハガキ
に描いてみた。

他の人の作品では、虫に食われた赤いキノコをハガキからはみ出して(主
催者の中川さんによると、絵手紙のコツは画面からはみ出して描くことだ
そうだ)描いた「大地の花」という作品が印象に残っている。
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◆「森の記憶」ワークショップ参加者からの葉書  横須賀市・相澤理恵
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こんにちは、有峰の森でお会いした相澤です。絵手紙ありがとうございま
した。

今、私はオーストラリアに来ています。自然保護関係の活動に加わりたく
てオーストラリアへ来ました。有峰での「森の記憶」は、私にとって、と
ても強い印象で残っています。毎年訪れたい場所です。有峰で接した自然。
そして今オーストラリアで接している自然。雰囲気は違うけれど気持ちの
良さは変わりはないです。自然の中にたたずむのが大好きです。

また、お会いしたいですね。それではお元気で。
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