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有峰村民の皆様と、ほぼ2週間に一度、双方向で交流するメールマガジン
有峰森林文化村新聞 2003年1月25日 第13号
編集/有峰森林文化村会議 編集長/中川正次
(発行日現在の有峰村民人口:162人)
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━━目次━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆詩人ワーズワースと田部重治の自然観 五十嶋一晃
◆前号の訂正 編集部
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◆詩人ワーズワースと田部重治の自然観 五十嶋一晃(所沢市)
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前回紹介した田部重治は、自然との融和を唱え、田部の研究の対象であっ
た19世紀前半の詩人ワーズワースと同様の自然観をもっていた。

田部はワーズワースを

「彼は英国の生んだ最も偉大なる自然詩人であった。なんとなれば、彼に
は人間は自然の一部であったから。従って彼の最も愛した人間は自然の間
に生きた最も自然的な人間であった」と評し、

「山に入る心は先ず広く自然を愛する心から出立したい。自然を愛する心、
そして山という特殊なものによって条件づけられた自然を愛することは、
ひろく芸術的精神を愛する心と、個々の芸術を愛好するそれとは異ならな
い。そうした意味に於いて、広く自然という偉大な芸術に対して心を開き、
それに融合を求めたい。しかし私達の山を観ずる態度は、浪漫的な詩人あ
るいは象徴的な詩人がするように、自己を歌はんが為に自然を主観的な材
料として取り上げるのではなくて、山を山として客観的に眺めつつ、自己
との一致を見出すことでなければならない。そうすることに最も自由な最
も自然的な気持を感ずると共に、山を山としての個性をも容認することが
出来る。この態度は英国の詩人ワーズワースがあらゆる自然に対して取っ
た態度である。彼は他の如何なる詩人もためし得ないほどに、自然と全人
的に融合することが出来た。この態度に於いてのみ、私達は全人的に山と
同化することが出来る。しかもまた、そこにはすべてが融け合い、自然と
人生がほほえむ。願わくはかくの如き境地を自然において私達は永久につ
かんでいたい」と述べている。

浪漫派あるいは象徴派の自己中心的、人間優位の立場に比較して、ワーズ
ワースは自然と人間が同等の立場で、その融合を説いている、と私は解釈
する。

このように19世紀におけるワーズワースの自然を観照する態度や、のちの
田部の自然観は、現在においても通ずる格言でもある。自然も人間も同じ
視点でとらえている融合の精神を、環境保全・自然保護に生かし、美しい
自然、愛する山を次代に残そうではありませんか。(2002年12月記)
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◆前号の訂正 編集部
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前号の五十嶋さんの文章の一部に、編集部の転記ミスがありました。深く
お詫び申し上げます。末尾の7行を以下のように訂正いたします。

田部は森林を讃美すると同時に、太郎兵衛平からの眺望を

 全く太郎兵衛平に立った時の私は、北國の一部がうづたかまってゐると
 云ふよりも、私達人類の住んでゐる大地其物が大きくうづたかまってゐ
 ると云ふ感じを抱いた。つまり、私は何となく永遠と云ふものの一角に
 足を踏み入れたやうな歡喜を感じたのである。

と観照的に著して、田部自身の人生にも積極的な生き方を啓発し、登山者
へも多大な影響を与えた。

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